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2001年という「本居宣長没後200年」の年において、私たちはこの長い
年月の持つ重みを考えた。
宣長が72年の生涯を賭した学問は、それぞれの時代の中で賞賛され、あるいは利用され、そして厳しい批判も受けてきた。しかし、日本人は決して宣長を過去の偉人として忘却の彼方に押しやることだけはしなかった。
それは、宣長の学問が、『古事記』や『源氏物語』、また和歌といった古典やことばを通して、日本とは何か、日本人とは何か、を探求するという、私たち日本人のアイデンティティーに関わるところから発して、そこへの帰着を強く志向しているためであろう。
意外に思われるかも知れないが、宣長の学問の一番大事なところは日常生活との関わりにあった。閉鎖的な社会の中で、いかに周囲との摩擦を少なくし、独創の翼を広げることが出来るか。宣長の学問の特色は、その特色ある日常生活そのものにあったと言えよう。
没後200年を期して、“宣長のまち”松阪から「宣長」を電子データという形で発信することを企画した。
宣長を現代に甦らせるために、電子データは格好のメディアである。宣長に関心ある多くの人が、資料を入手出来るだけではなく、疑問や意見を返すことも出来る。また、発信する側は、それを集約して活用することが可能となる。
事業の柱は三つある。
一つ目は、基本データの構築である。オリジナルの資料・著作を中心に電子化されたデータとして構築する。
二つ目は、複数の入り口の設定である。人々の多様なアプローチに応えるために、「宣長」へ接近するための入り口を複数設定する。
三つ目は、メンテナンスである。宣長に関心のある人々にとってこのデータが、調査・研究、そして思索の一助となることができるよう、たえず更新・充実を行う。
宣長は、学問の更なる発展のためには、衆知を集めることが必要であると繰り返し説いた。
今こそ私たちは宣長の知恵を自分の知恵としなければならない。宣長を見つめることは、他ならぬ私たち自身を見つめることでもあるからだ。複雑化する社会の中で、また異なった文化を持つ人たちとの交流の中で、どのようにすれば自分を見失わないで生きていけるか。200年余を経た21世紀においても宣長は、この課題を考える上で、大切な指針となりうると確信する。
この会の呼びかけ人
田畑 美穂 (元三重県立博物館長) 呼びかけ人代表
本居 修 (本居宣長8代目子孫)
高岡 庸治 (本居宣長記念館館長)
吉田 悦之 (本居宣長記念館研究員)
橋本 英一 (「伊勢の國・松坂十樂」「あいの会・松坂」代表)
服部 哲雄 (本居宣長の門人・服部中庸の子孫)
竹口作兵衛 (本居宣長の門人・竹口喜左衛門の子孫)
島崎 良 (松阪大学短期大学部生活科学科教授)
山下 法文 (本居宣長の菩提寺・松阪市「樹敬寺」住職)
植松 有麿 (松阪市「本居宣長ノ宮」宮司)
石村 武紀 (松阪市魚町自治会長)
更岡日出子 (「あいの会・松坂」世話人)
松井 康道 (「サロンドヤマト」代表)
庄司 佳伸 (「伊勢の國・松坂十樂」事務局長)
坂梨 律子 (松阪もめん手織りセンター)
中倉 憲昭 (「伊勢の國・松坂十樂」役員)
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