鈴屋遺蹟保存会の歩み

 

 ♯8 城跡公園移築構想

宣長百年祭に参列した剣南道士(けんなん・どうし)が見聞録(『理趣情景』東亜堂書店)を残しています。
それにしても面白い名前ですね。
別名は、角田浩々歌客、ますます不思議な名前ですが、こちらの方が当時は知られていたようです。
大阪を中心に活躍したジャーナリストです。
彼は、なんと城跡公園移築構想を提案しているのです。
道士は言います。
「 松阪が三井家と本居宣長を生み出したのは、誇るべきことだが、では今の松阪はどうか。小津や長谷川といった富豪もあるし、機業講習所では松阪木綿の改良も 図られている。宣長百年祭も盛大に行われた。だが、肝心の教育の体制が貧弱だ。現在、松阪では公会堂を建設する企てがあるようだが、それは外形の設備を整 えるにすぎない。本(もと)が立って道が生まれるのだから、まず宣長旧宅を保存し、それを核とした町づくりをすべきだ」
と。
これは、当時話が出ていた旧宅の保存や、本居図書館建設、山室山神社整備の側面支援する発言ですね。
そして宣長顕彰の場として、松阪城跡公園を考えていたのです。
これを招待客のリップサービスと見てはなりません。
新聞の論壇で活躍する道士の識見と、また明治時代の日本を支えた志の高さがこのような提言となったのです。

公園に桜を植えることから始まり、鈴屋の移築、神社の遷座、そして昭和45年(1970)の本居宣長記念館建設に至るまで、その後の宣長顕彰は、時間こそかかりましたが、ほぼ道士の構想通りに進んで行くことになります。


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目 次
♯1  本居宣長旧宅と本居宣長記念館
    の歩み
♯2  きっかけは、明治の松阪大火 ♯3  鈴屋と資料は無事だった
♯4  宣長没後百年 ♯5  百年祭の神事 ♯6   松坂城跡でのイベント
♯7  宣長を記念する図書館を ♯8  城跡公園移築構想 ♯9  500円の力
♯10 移転先が決まる ♯11 鈴屋遺蹟保存会への寄付 ♯12 旧宅移築
♯13 遺跡保存会の事務所完成! ♯14 山室山神社が四五百森に遷座 ♯15 本居宣長旧宅が国史跡になる
♯16 財団法人となる ♯17 ひっきりなしにやってくる
    見学者
♯18 宣長復権の兆し
♯19 小林秀雄、そして「宣長全集」 ♯20 本居資料を松阪市へ ♯21 宣長の復活
♯22 旧宅や土蔵で展示 ♯23 旧宅に積まれた版木 ♯24 旧宅(鈴屋)の補修
♯25 建設決断 ♯26 梅川文男さん ♯27 市長の呼びかけへの反応
♯28 記念館の建設 ♯29 巨石がごろごろ ♯30 寄りつくのはアベックと
    不良学生くらいか
♯31  埋門周辺 ♯32 地鎮祭  ♯33 建設進む
♯34 竣工 ♯35 悲しみと喜びと ♯36 記念館の完成
♯37 皇太子同妃両殿下行啓 ♯38 宣長十講の開講 ♯39 人があふれる
♯40 入館者数 ♯41 松坂城跡が国の史跡に ♯42 激震走る
♯43 意見交換会