鈴屋遺蹟保存会の歩み

 

 ♯27 市長の呼びかけへの反応


反応はすぐにありました。

「梅川市長の陣頭指揮で広範囲な資金づくりに乗り出している・・・市が一千万円を支出、国庫補助を約五百万円と見積もってザッと二千五百万円が足らぬ。不足分は寄付に頼ることになる。そこで松阪市に建設委員会、東京中心に建設協力委員会をつくって資金づくりをするという。地元出身の堀木謙三氏が日商の足立正会頭をこの運動にかつぎだしたといわれるので見通しがパッと明るくなった。
 また名誉市民、丹羽保次郎氏(東京在住)や地元進出企業が協力的なので心強い。このほか小口ではあるが市民の善意寄付がぞくぞく市へ届けられている。市内のある学校では自発的に十円募金で協力しようとの話もある。みんなの手でこの貴重な文化財を大切に保存したいものである」
     『伊勢新聞』「視角」昭和42年(1967)12月8日

これも余談ですが、保存会事務所の修理のために片付けていた時に、段ボール箱幾箱もの茶封筒があり、それぞれには町名、氏名、金額が記されていました。
松阪市民からの浄財の袋です。芝山事務長ともう要らないねと処分しました。昭和63年(1988)頃のことです。
そのことが今になって悔やまれます。


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目 次
♯1  本居宣長旧宅と本居宣長記念館
    の歩み
♯2  きっかけは、明治の松阪大火 ♯3  鈴屋と資料は無事だった
♯4  宣長没後百年 ♯5  百年祭の神事 ♯6   松坂城跡でのイベント
♯7  宣長を記念する図書館を ♯8  城跡公園移築構想 ♯9  500円の力
♯10 移転先が決まる ♯11 鈴屋遺蹟保存会への寄付 ♯12 旧宅移築
♯13 遺跡保存会の事務所完成! ♯14 山室山神社が四五百森に遷座 ♯15 本居宣長旧宅が国史跡になる
♯16 財団法人となる ♯17 ひっきりなしにやってくる
    見学者
♯18 宣長復権の兆し
♯19 小林秀雄、そして「宣長全集」 ♯20 本居資料を松阪市へ ♯21 宣長の復活
♯22 旧宅や土蔵で展示 ♯23 旧宅に積まれた版木 ♯24 旧宅(鈴屋)の補修
♯25 建設決断 ♯26 梅川文男さん ♯27 市長の呼びかけへの反応
♯28 記念館の建設 ♯29 巨石がごろごろ ♯30 寄りつくのはアベックと
    不良学生くらいか
♯31  埋門周辺 ♯32 地鎮祭  ♯33 建設進む
♯34 竣工 ♯35 悲しみと喜びと ♯36 記念館の完成
♯37 皇太子同妃両殿下行啓 ♯38 宣長十講の開講 ♯39 人があふれる
♯40 入館者数 ♯41 松坂城跡が国の史跡に ♯42 激震走る
♯43 意見交換会