前へ / 次へ / indexへ


JD2354807.5 享保20年1月 (1735/2/22)
享保20年(1735)乙卯 宣長6歳。小津三四右衛門定利(道樹)41歳、勝31歳、宗五郎24歳、はん4歳、親次1歳。
[Y000026-000-000]

【この年の概要】 [001-000]

弟親次誕生。 [001-001]

JD2354833.5 享保20年2月26日 (1735/3/20)
2月26日 弟、親次出生。
[Y000027-000-000]

親次(1735〜1797)は、長じて母の実家村田家を嗣ぐ。 [001-000]

『本居氏系図』「親次、村田与三兵衛、号教誉順我孝賢大徳、享保二十年乙卯二月二十六日生、【時卯年卯月卯日卯刻也】童名大三郎、後改新五郎、名勝宥(ヨシナガ)、寛延三年庚午年出為外祖父村田孫兵衛豊商之嗣孫、改称与三兵衛、名親次、寛政七年乙卯十月十七日剃髪、号孝賢、同九年丁巳十月廿六日酉刻死、六十三歳、同廿七日葬樹敬寺」(宣長全集:20-86)。『家のむかし物語』(宣長全集:20-25)にも記事が載る。 [002-000]

JD2354843.5 享保20年3月7日 (1735/3/30)
3月7日 父定利、江戸に着く。
[Y000028-000-000]

3月19日付小津宗五郎宛書簡。これ以降、翌年1月6日付迄28通の書簡が残る。差出日は、3月19日、22日、26日、29日、4月2日、19日、20日、22日、5月26日、29日、6月6日、8日、9日、12日、20日頃、7月17日、8月2日、6日、9日、12日、9月22日、11月12日、19日、26日、12月16日、19日、22日、元文2年(1737)1月6日である(『宣長父書簡』3巻・『本居宣長記念館蔵書目録』巻5)。頻繁な書簡の背景には家業の逼迫があったのかもしれない。大半は当時の小津家で商っていた木綿や煙草の取引に関する商用関係記事で、また御用金や新貨幣の事などが記される。中に、12月19日付(第26通)は「母殿」という一通が添えられ、大三郎(親次)の乳母のことが書かれているのが目を引く。 [001-000]


前へ / 次へ / indexへ