寛政2年(1790)61歳の宣長は、京都での御遷幸を拝見するため、東海道、鈴鹿峠を駕籠に乗って越えた。若い頃にはよくここを通ったなあと感慨も一入で、歌を詠んだ。
「わかゝしほどしばしば京に通ひしも卅年のあなたに成にけることを思ひて鈴鹿のあたりにて
すずか川六十のおいの浪こえて八十瀬わたるも命なりけり
年ふりしひたひの浪を鈴鹿川かはらぬ水やいかに見るらん
命あれば六十の老の坂こへて又も鈴鹿の山路をぞふる
あしひきの岩根こごしき鈴鹿路をかちよりゆかばゆきがてむかも
かごといふ物にのりてこゆとて也」
「ひたひの浪」とは額の皺だ。
>>「5 古代の音色『駅鈴』」