midashi_b 44歳像の制作

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 4幅の制作順序を推定してみたい。清造翁が「四十四歳ノ秋」と推定したのは賛の火の旁を「秋」と読んだためである。この左の欠けた字が何であるか不明である。しかし、構図や賛で完成度の高い1,2が賛の通り春の制作であるならば、それより後に制作されたとは考えにくい。もちろん、秋に桜は、61歳像を始め、後年の『枕の山』という例もあるが、やはり不自然の感をまぬがれない。秋を「とき」と読むかとも考えたが、いかがであろうか。一つの可能性としては、春に思い立って制作に着手したが、未だ完成せず、秋でもこの位であったという推定だが、やはり無理があるように思える。

 構図から考えると、3では宣長の視線も定まらず、桜と宣長の関係が明らかでない。むしろ、4は心持ち目線が上を向くことで桜を眺めていることが明らかとなり、1,2に近くなる。従って3の賛の問題は残るが、3,4,1,2の順で描かれたものと考えられる。

 宣長は、まず3を描き彩色したが満足できず、4の素描を描き構図を確定した。次に手元にあった美濃紙を繋ぎ合わせた紙に清書、着色し(1)、さらに唐紙に転写した(2)。細かい疑問は残るが、この順序は変わらないであろう。


(C) 本居宣長記念館


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