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宣長門人は北海道、沖縄、鹿児島を除く全県に及んでいる。その中から代表的な人を挙げてみよう。
と言っても、何を以て代表とするか、基準は難しい。例えば、宣長自身が、出雲大社の千家俊信の問いに答えて熱心な門人「格別出精厚志」の名前を挙げている(寛政5年11月9日付書簡)のも一つの参考となろう。
〔松坂〕稲掛大平・長谷川常雄・三井高蔭・中里常岳・岡山正興・服部中庸
〔津〕七里松叟・柴田常昭
〔白子〕坂倉茂樹・村田並樹
〔内宮〕菊家末偶
〔尾州〕横井千秋・横井十郎左衛門・稲葉通邦・鈴木真実・鈴木朗・ 川村正雄・大橋直亮・堀田元矩・加藤磯足・大館高門
〔遠州平生〕栗田土麻呂
〔遠州細田〕石塚龍麻呂
〔近江彦根〕松井邦
〔紀州〕小浦朝通
〔美濃大垣〕大矢重門
〔甲州田中〕萩原元克
〔石見浜田〕小篠敏
〔筑前福岡〕田尻真言・青柳種麻呂
〔豊前中津〕渡辺重名
〔越後高田〕倉石為光
これ以前に亡くなった人、例えば須賀直見や田中通麿が入っていないし、これ以後の入門者にさらに重要な人もいる。あくまでもこれは宣長64歳の時点の主要門人である。
もう一つ、参考となるのが「恩頼図」である。
>>「門人」
>>「恩頼図」
>>「青柳種信」
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