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宣長さんの江戸地図は簡単だ。
宣長さんの家の店があったのは、日本橋に程近い大伝馬町と堀留町。
16歳からの1年を過ごした叔父さんの店も、やはり大伝馬町。
義兄・宗五郎が独立して住んだのは神田紺屋町。今の神田駅のそば。大伝馬町からも近い。宣長も、義兄の死後、その片づけのため21歳の3月から7月まで滞在した。
母の兄・察然和尚が住職を勤めたのは芝の増上寺、真乗院。今は東京タワーの脚の下か。
賀茂真淵先生の住んだ「県居」(アガタイ)は、今の浜町近く。大伝馬町から歩いて約10分位か。弟が江戸店に勤めている時、真淵先生への手紙を託したこともあるが、その位の距離である。
真淵の門人で宣長とも交遊のあった加藤千蔭が住んだのは、「江戸かやば町地蔵橋筋」(『文通諸子居住処並転達所姓名所書』)、今の茅場町だ。この近くには村田春海もいた。県居からも、大伝馬町からも1km位離れた場所だ。
深川の本誓寺は、祖父の実子三郎右衛門定該(サダカネ)、父定利、義兄宗五郎と、その娘おゆらが眠る。この寺へは、大伝馬町からは浜町を通り清洲橋を渡ればすぐだ。この寺は宣長一族だけでなく、伊勢商人が江戸での菩提寺としていた場所。村田春海の墓もここにあるのはその関係だろう。春海の先祖は伊勢国白子の出身である。
浜町の「県居」近くに、「谷崎潤一郎生家」とあるのは、宣長さんとは直接関係ないのだが、鈴屋を訪れた潤一郎が、自分の生家を思い出した文章があるので入れておいた。
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