midashi_o.gif 富士谷成章と宣長

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 宣長さんが高く評価した同時代の学者に「富士谷成章」がいる。直接の交渉はなかったが、その著作『あゆひ抄』を読んで次のような感想を述べている。
 「 あゆひ抄、甚宜出来候物也、大方近世コレホドニ雅言ヲ手ニ入候人ハ世ニアルマジク覚申候、但悉ク新作ノ名目ヲ以テ説候故、大抵ノ人ハ早速聞エ申間敷候、新名目、甚珍敷奇僻ニワタリ候也、されど皇国ノ言語ハ、凡テ活用甚精緻ナル物ナレバ、是ヲクハシク説ントスルニハ、許多ノ名目ヲ立テザレバ、説キがたき事也、サレバ右ノ新奇ノ名目モ実ニハ難ズベキ事ニモ候ハズ」(天明4年10月付、蓬莱尚賢宛書簡)

  また、「藤谷成章といひし人の事」(『玉勝間』巻8)ではその他の著作にまで触れている。
  「ちかきころ京に、藤谷専右衛門成章といふ人有ける、それがつくれる、かざし抄、あゆひ抄、六運図略などいふふみども見て、おどろかれぬ。それよりさきにも、さる人有とは、ほの聞たりしかど、例の今やうの、かいなでの歌よみならんと、みみもたたざりしを、此ふみどもを見てぞ、しれる人に、あるやうとひしかば、此ちかきほど、みまかりぬと聞て、又おどろかれぬ、そもそも此ごろのうたよみどもは、すこし人にもまさりて、もちいらるゝばかりにもなれば、おのれひとり此道えたるかほして、心やりたかぶるめれど、よめる歌かける文いへる説などをきけば、ひがことのみ多く、みないといまだしきものにて、これはとおぼゆるは、いとかたく、ましてぬけ出たるは、たえてなきよに、この藤谷は、さるたぐひにあらず、又ふるきすぢをとらへて、みだりに高きことのみいふともがらはた、よにおほかるを、さるたぐひにもあらず、万葉よりあなたのことは、いかがあらむ、しらず、六運の弁にいへるおもむきを見るに、古今集よりこなたざまの歌のやうを、よく見しれることは、大かたちかき世に、ならぶ人あらじとぞおぼゆる、北辺集といひて歌の集もあるを、見たるに、よめるうたは、さしもすぐれたりとはなけれど、いまのよの歌よみのやうなる、ひがことは、をさをさ見えずなん有ける、さもあたらしき人の、はやくもうせぬることよ、その子の専右衛門といふも、まだとしわかけれど、心いれて、わざと此道ものすときくは、ちゝの気はひもそはりたらむと、たのもしくおぼゆかし、それが物したる書どもゝ、これかれと、見えしらがふめり」。


【注】

  • 富士谷成章(ナリアキラ) 1738〜79 国語学者。儒者皆川淇園の弟。実証的研究法で、品詞分類、国語史の時代区分などに優れた業績を上げた。
  • 『かざし抄』明和4年刊。文首、語頭にくる語句を「挿頭(カザシ)」と名付けて解説する。
  • 『あゆひ抄』安永7年刊。助詞、助動詞、接尾語などを「脚結(アユイ)」と名付けて解説する。
  • 『六運図略』国語史の変遷を六つに分けて説明する。写本で伝わる。以上三書は『古今集』以下の歌集から用例を引くので、宣長は「万葉よりあなたのことは、いかがあらむ」
  • 富士谷御杖(ミツエ) 1768〜1823 父と伯父・淇園の影響を受け、言語の象徴や暗示を重視する、言語倒語説という特異な言語理論を樹立した。


>>「京都の春庭」
>>『詞の小車』



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