深澤(沢)清 (ふかざわ・きよし)

明治38年(1905年)〜昭和34年(1959年)頃(享年54歳位) 東京生まれ。(出身は九州大分か)

父の証言では、とにかくかっこいい人だったそうで、戦前オートバイなどを乗り回している写真が残っている。
母の話では、明治維新前は武家で、士族、近衛兵をしていたという。
戦時中は満州の関東軍に帯同し、従軍画家として活動したらしい。
当時の作品には、「西原曹長 部隊長救出の図」(奈良県方面で所蔵される)、「空の武士道」(複製:靖国神社 就遊館蔵)がある。
昭和21年(1946年)、大分県別府市に戻り、戦災孤児を引き取る施設「希望の家」を作る。
この頃の作品には、大分県竹田市の西光寺蔵「藤丸警部惨殺の絵」がある。西南の役の一エピソードを描いた作品である。
また、大分刑務所にも女性が繕い物をしている絵があるという。

清画伯の作品は、熊本の実家に3枚が残されている。

このように見てくると、どうやら「松坂の一夜」は、画伯晩年の代表作といってもよさそうだ。
この絵は、当時の本居神社総代・牧戸正平氏が昭和31年8月27日に奉納したのだが、 深澤氏と牧戸さんはどこで出会ったのだろう。
これがきっかけで、すばらしい作品が生まれた。
両氏の出会い、これもまた、「松坂の一夜」であったと言えよう。

以上は、深澤清氏の孫 千尋(ふかざわ・ちひろ)氏から提供された清画伯についての情報に、 若干の推測を加えてまとめたものである。

 

>> 「描かれた「松坂の一夜」」



(C) 本居宣長記念館


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