midashi_g.gif 吹上寺

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 和歌山に移り住んだ本居大平一族の菩提寺となったのが臨済宗妙心寺派吹上寺(和歌山市男野芝丁)である。寺の辺りは、江戸の昔は「眺望真妙」「松樹鬱蒼」の地で、炎暑の折には涼風を求めてやってくる人を「羲皇上人」(泰平の逸民)となった気持ちにさせると書かれている。
 ここは、浅野長晟妻・振姫の遺骸を火葬した場所でもある。

 今、和歌山城に残る追廻門は、解体修理により朱塗りであったことが判明した。朱の門と言えば東大赤門が有名だが、それと同じようにこの門も御守殿門ではないかとも言われた。やがて裏鬼門説が有力になるが、それはともかく、御守殿とは将軍の娘で三位以上に嫁いだ人を言う。該当するのは、初代藩主浅野幸長(ヨシナガ)の弟で二代藩主長晟(ナガアキラ)の奥方、家康の三女振姫である。振姫の最初の夫は、蒲生秀行。松坂を開府した蒲生氏郷の子である。夫と死別後、蒲生家を出た姫は浅野家に嫁ぐ。やがて藩主の子を生むが産後の肥立ち悪く亡くなった。
 追廻門を出ると、扇の芝。和歌山町民の行楽の地であった。
「春雨の降ごとにみどりの色まさりてさながら青地の紙を張れりともいふべく、うらうらと和暖なる日近きあたりの童部ども招くとなしに寄合ひ菓子屯食等をとり出て野遊びのまねす」
と『紀伊国名所図会』に書かれている。
 ここから藩の医学館の跡を通ると、吹上寺はもう間近である。

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