midashi_o.gif 蒲生君平(ガモウ・クンペイ)

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 明和5年(1768)〜文化10年(1813) 、享年46歳。名秀実、通称伊三郎、字君平、君蔵。下野宇都宮の商家に生まれる。先祖が蒲生氏郷という家伝により蒲生と改姓。儒者鈴木石橋に学び、藤田幽谷、林子平らと交わり、高山彦九郎に私淑。寛政8年、天皇陵の荒廃を憂え上京、帰路鈴屋を訪問。紹介者は小沢蘆庵か(城福勇説)。宣長は「ジユシヤ、御国玉しひ」(『来訪諸子姓名住国並聞名諸子』)と評す。同12年再訪。松坂滞在中の植松有信に同宿を依頼する宣長書簡が残る。享和元年『山陵志』成稿。その序を宣長に送り評を求めたと言う。また国防の必要を幕府に訴えるなど尊皇・敬幕の立場から発言した。林子平、高山彦九郎と共に「寛政の三奇人」と呼ばれる。弟子に大友直枝(大平門人)がいる。


>>「鈴屋訪問」
>>「天皇陵・古墳への関心」



(C) 本居宣長記念館


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