midashi_o.gif 播磨の眼科医

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 春庭の目を診た播磨の眼科医とは、谷川良順清茂、良益光泰、良正高陳三兄弟の一人であろう。谷川家は、享保11年、良順猶満以来、現在の兵庫県加東郡社町屋度に住した。猶満の孫が先の三兄弟である。針術による眼科治療で優れ、寛政6年から3年をかけて一条良暉の姉で後桃園天皇女御恭礼門院御局頭梅田の濃内障を治療した。同7年には正親町一位のも療治し、京都でも有名であった。また先祖がかつて住した大坂へも3人が交代で春秋の出張していた。春庭を診たのが誰かは分からないが、この3人の1人であることは間違いなかろう。
 またこの谷川は、上田秋成の目も治して見事片方の目が開いた。「自像付記」に、「歳伍十七左眼失明、六十五又及右眼、僥倖逢神医、得左明」とある。谷川家には今も秋成の礼状や妙法院宮真仁親王の和歌色紙などが残る。

【参考文献】
『谷川家蔵上田秋成資料集』・京都大学国語国文資料叢書。


>>「上田秋成」
>>「本居春庭」



(C) 本居宣長記念館


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