『春雨物語』と伊勢

 「桜山文庫本の旧蔵者・書写者は正住弘美である。伊勢下中ノ郷の人で、弘道・隼人とも称し、足代弘訓の門で、画や茶をよくした。慶応四年没、六十一歳。桜山文庫本からの転写本である漆山本が天保十四年に写されているから、この桜山文庫本は、弘美の三十六歳以前の筆写にかかる。また、西荘文庫本の旧蔵者(筆写は傭書)は、長谷川元貞と小津桂窓。ともに松坂の素封家で、本居春庭の門。元貞は、通称源右衛門、号六有。安政五年歿、六十三歳。桂窓も、安政五年の歿。さらに、漆山本の旧蔵者(筆写者)竹内弥左衛門は、竹内恭通、号南淵。伊勢桑名の人。足代弘訓・本居春庭・本居大平らに学んだ。嘉永五年没。六十九歳。漆山本を書写したのは六十歳の折ということになる。桜山文庫本は、同門または同学の伊勢の人の間で写されていったわけである。黒川春村の『古物語類字鈔』に、「春雨物語 勢州松坂駅 長谷川某所蔵に、古巻軸一巻ありと、或人いへり。いかなる物かたづぬべし」とある「長谷川某」は、長谷川元貞の所持本(西荘文庫本)が、桜山文庫本からの写しであり、秋成自筆本からの書写でないとすれば、元貞とは別の人物と考えるべきであろうか。また、馬琴の『近世物之本江戸作者部類』の「雲府館天歩」の条に記すように、桂窓が秋成自筆本を見て、それを写させたというのも、疑問である。因みに、『近世物之本江戸作者部類』は、天保五年の成稿で、年次の明らかな漆山本の書写より、九年前の言である。」
(『上田秋成全集』第8巻解題、長島弘明執筆、中央公論社、1993年8月刊。P503)



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