midashi_g.gif 長谷寺と宣長

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 『源氏物語』や『枕草子』など、しばしば古典文学の舞台となった大和国長谷寺。
 宣長が最初にこの寺に参詣したのは、13歳の時である。それから15年、宝暦7年10月4日、京都遊学からの帰途、宣長は三輪明神を経て再び長谷寺に参詣している。この時の参詣は、同行者に叔父・村田清兵衛がいたこともあり、ちょっと大がかりだった。『在京日記』でその様子を見てみよう。

 「午の時まへに初瀬につく。宿屋に入てしばしやすみ、さてあるじして、開帳のこと寺へ申しにやる、あすなりては、道のつもりよろしからねば、けふよりと思ふに、不成就日なれば、申の時よりと頼まる、そもそも村田氏、としごとにこの御寺の開帳し奉らるゝ、いとたふときこと也、此寺の開帳と申すは、一七日間也、初一日は、脇に立給ふ天照太神、春日明神の像をもおがませ侍る、料は金七両弐歩也ける、雨やゝふり出ぬ、この初瀬の里は、はつせ川のながれ、人家のうらを流れ侍る、この家のとなりに水車有にや、いとかしがましきに、川水のひびきあひて、雨つようふるやうなれば、せうし(障子)あけてみればさしもふらず、申の時にや、御寺よりあないあれば、宿りをいでてまふず、むかしおさなかりし程にまふてたりしことは有しかと、はかばかしくも覚えず、はじめてにことならず、いとめづらし、山のたたづまひ、堂々坊舎などのさま、いとうるはしくえにかきたらんやうに見あけらる、いにしへより此観音は、かはらず人の信じ奉りて、古今多くまふで、はんせう(繁盛)なる御仏なり、門を入りて、廊のくれはしをのぼり、本堂にまうづ、僧衆出て、はや法事はじまりたり、ときやう(読経)、たらに(陀羅尼)、行道、何くれとやや長し、里人、此寺の所化などまうでこみたり、願主の座はみな人のおがむ所に、ことさらにあたらしきうすべり二ひら敷たり、さて御とちやうのさがる程、いとたう(ママ)とし、よのつねの帳は上へあくるを、これは下へおろす也、御仏はいと大きにて、いみじうたふとし、さてなをしばし法事あり、大きなる板の御札をとうでてあたふ、屋どのあるじ、とりつきてもてく、脇士へそなへし神酒など、いだしおろしていただかせたり、雨やゝつよくふり出たり、さて御堂を出て、もとのくれはしをくだり、やどりにかへりやすみぬ、女の出来て臥具を出したるに、ふとんのみにてよぎなかりければ、よぎをいだせといはせたれば、よぎとは何のことにやとてしらず、よぎとはよぎの事よとわらふ、やゝ心得て、ながののことなめりとて、よぎもてきたり、こゝはむげにゐなかともいふまじきに、かく近き物の名のかはるもおかし、後につくづくと思へば、此地によきの天神と申すがいまそかれば、此名をさけて、よぎをながのとむかしよりいひかへりたることにもあるらん、しらず、初瀬川の水音すみて、よもすがらいとど夢もむすびがたし」
 とある 。当時の開帳の様子や、宿屋のことなどがよく分かる。それにしても開帳料の7両2分とは、随分高額だ。当時の松坂商人の経済力がしのばれる。

 長谷寺は、村田家に限らず他の松坂の豪商からも崇拝された。江戸でも有数の紙商であった本町の小津清左衛門家の『小津商店由来』には、「(五代目小津清左衛門道冲は)信仰心頗ぶる篤く自から一石一字の法華経を写し堀坂山の頂上に埋め、碑を建てゝ堀坂山より吹き来る大乗の真風を以て郷土の五欲の熱を醒こと祈り、(略)又大和長谷寺観世音に永代開帳料を寄進し」とあり、「(六代目小津清左衛門道慧は)宝暦四甲戌年〈一七五四〉三月大和長谷寺観音堂へ大香炉を寄進」(『松阪市史』・12-272)したことが記される。因みに。長谷寺に大香炉を寄進した道慧の子、7代目・小津長保が寄進したのが。松坂岡寺山継松寺の韓天寿銘文の香炉である。

 ところで、『在京日記』のこの日の記述には、「いとたふとき」という言葉が2回出る。この15年後、43歳の『菅笠日記』の旅の途次、同寺に参詣したときにもやはり「いともたふとくて」と宣長は感慨を記す。この『菅笠日記』の記述について、「『菅笠日記』菅見」杉戸清彬(『新日本古典文学大系月報』79)に次の指摘がある。
 「吉野への途次、宣長一行は長谷寺に立ち寄った。そしてその本尊に詣でた時の様子を、宣長は「人もをがめば。われもふしをがむ。」と版本に書いている。いかにも他人様次第という印象があり、些か気にかかる言い方と感じていた。ところが、その後自筆稿本を見たところ、この部分、もとは「いともたふとくてふしをがみ奉る」とあったものを縦の二重線で消し、その右傍に版本の本文となった改訂を施していることがわかった。このもとの本文であれば何の不自然さも感じなかったと思う。(略)右のような例を見ると、仏像への崇敬の念を示す類の文言を、宣長は意識的に消し去っていると言ってもよいと思う」

 さて、古典研究を存分に積んだ宣長の目には、長谷寺の名所はどこもかしこもうさんくさい。極めつけは玉葛の庵や墓だ。おいおい。玉葛は『源氏物語』の登場人物だぞ、架空の人の家や墓とは、呆れて物も云えない。

長谷寺前、伊勢辻。茶店

長谷寺前、伊勢辻。茶店。
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 長谷寺の回廊。

長谷寺の回廊。



(C) 本居宣長記念館


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