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松坂矢川村(松阪市京町)。今のベルタウン角「近畿日本ツーリスト」あたりにあった。 来迎寺の末寺で、もとは十王堂と言った。「十王」とは、冥土で死者の罪を裁く10人の判官。特に閻魔(えんま)王だけを指す場合もある。
延享2年(1745)、宣長が編纂した『松坂勝覧』には、「矢川町、来迎寺下、本尊十王、七月十六日夜参詣多シ、盆ノ灯籠ヲ多クハ当寺ニ納ム」とある。
延享4年(1747)、名を遍照寺と改める。松坂の文化人のサロンとも言うべき場所で、宣長もここを会場に遍照寺歌会を開いた。その後、明治6年に廃寺となり、境内にあった芭蕉の句碑も来迎寺に移された。魚町宣長宅から約15分。
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>「遍照寺歌会」
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>「来迎寺」
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>『松坂勝覧』
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