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天明7年(1787)12月22日〜文化14年(1817)6月20日。享年31歳。
宣長から将来を嘱望された京であったが、その生涯は余りにも短かった。
文化8年9月8日、夫と家を出て、6年後に長門国(山口県)で客死する。知らせを聞いた父・長秋の歌。
「ふみをしえの十とせまり四とせといふとしのみな月の廿日まり二日の長門国ふたみの浦といふ所にて家のむすめ(三十一歳)京のみまかりけるよしおなし年のはつきの廿日まり五日の日相しれりける人の豊前よりいひおこせたりければよめるうた五つ
京が父従五位下清原真人長秋六十壱歳
ひとり子のしぬると書し玉章をなと初雁のかけて来つらむ
わびしさをおもふ涙の玉くしげふたみのうらの旅のあはれを
時しあらば今一度はなでし子の花咲をりもあらまし物を
いかなれや身を人国にはふりけむつくろひたてし宿のなでしこ
近くあらば詞の露をかけてだによみがへるべきすべもせましを」
【参考文献】
『国学者帆足長秋と京』帆足長秋先生銅像建立期成会。

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「従五位下長秋之女京墓」
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「帆足長秋、京先生像」
(山鹿市立博物館前)
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長秋、京親子が書写した『古事記伝』44冊。
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『古事記伝』巻3(右)は長秋筆写、巻28(左)は京筆写。
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帆足本『古事記伝』の表紙裏には帆足下総の名前入り文書が使用される。
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