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当時の本はいったい何冊刷ったのだろう。
これは難問だ。印刷が手作業で行われるので、売れ行きを見ながら一定部数(たとえば30部位ずつ)印刷することが出来る。今のように機械を動かすのだと、何部刷ると言うことがはっきりしているのとは随分違う。本屋がよほどきちんとした記録を残さない限り正確な発行部数はつかめない。
僅かにわかる例を一つ。
賀茂真淵の主著『万葉考』1、2と別記は、初版は300部、内200をまず刷り、残り100を続いて刷った。
【原文・抄】
「万葉考一二と其別記、漸く出来此節すらせ先弐百部今日までに終而休み、又近日百部もすらせ候はん」(栗田土満宛賀茂真淵書簡・明和6年9月23日)
この前の『冠辞考』は、初版の数はもっと少なかったはずだ。それが松坂までやってきて宣長の目に触れる、奇跡に近いことだ。
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「版木師、伊勢へ行く」
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『冠辞考』
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