midashi_g.gif 本誓寺(東京都江東区清澄3丁目4番)

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 宣長の家の江戸に於ける菩提寺。父や義兄もここに眠る。寺は新しくなり今も残るが、墓もその伝承も残らない。

 ここは、江戸に進出した伊勢商人の菩提寺でもあった。村田春海の家もその一つである。春海(1746〜1811)は日本橋小舟町の豪商。また、賀茂真淵の高弟。師の宝暦13年の畿内探索にも同行した。つまり新上屋での宣長と真淵の対面にも、同じ建物のどこかにはいたはずだ。あるいは18歳の春海、兄春郷とぶらり出かけていたのだろうか。因みに、後年春海は江戸の十八大通の一人に数えられ、また吉原の丁子屋の遊女丁山(23歳)を身請けし、おすがと名を改め正妻とした通人である。

 春海と宣長が対面するのは天明8年(1788)3月10日、西遊紀行の締めくくりに松坂を訪問した時である。真淵の継承者と誰もが認める伊勢の宣長は国学の正統として、師の傍らで学んだことを自負し、宣長何する者ぞという気概を持った春海は江戸派の領袖として国学の発展を担っていく。

 また、長井家に嫁いだ宣長次女・美濃の墓もここにあったというが、関東大震災で被災し、その後松阪の来迎寺に移された。現在、同寺に美濃夫妻墓が二つあるのはそのためであると言う。

現在の本誓寺風景

現在の本誓寺風景。

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本誓寺本堂

本誓寺本堂。

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村田春海の墓

村田春海の墓(東京都指定旧跡)


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(C) 本居宣長記念館


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