midashi_o.gif 松坂の本屋さん

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 当時松坂には何軒の本屋があったのだろう。
 藪屋、柏屋に継ぐのが、深野屋玄々堂である。1800年代初期に職人町にあった本屋だ。当時の本屋は、出版もすれば写本も請け負う、販売もすると言った、何でも屋であったが、深野屋の場合も同じであろう。
 出版した本は『樫の若葉 初編』(文政13年刊・富樫広蔭編の歌集)、『伊勢人物誌 南勢之部』(天保5年5月中旬刊)があり、『勢遊草』版本1冊にも柏屋と並んで名前が見える。また『伊勢御機殿略記』の刊記の書肆の中にも名を連ねる。

 深野屋が宣長没後、後鈴屋社に急接近したことがある。安守や本居大平の書簡にもその噂が記される。例えば、宣長の参加していた歌会として有名な嶺松院会、この会は文化6年に大平が和歌山に転居してから休会になっていたのだが、その後を受けて歌会を主催しようとしたことがある。また宣長の『授業門人姓名録』の定本となっている筆者不明の記念館所蔵本の用紙に玄々堂の罫紙が使用される。諸本に較べ整備されているだけに、あるいは営業がらみなのかとつい勘ぐってしまう。

【参考文献】
「覚書き 後鈴屋社と玄々堂」吉田悦之・『須受能屋』2号


>>「恩頼図」の「頓阿」
>>「柏屋」
>>「本屋・藪屋勘兵衛」



(C) 本居宣長記念館


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