midashi_o.gif 本屋・藪屋勘兵衛(ヤブヤ・カンベイ)

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 松坂の本屋さんで最初に名前が上がるのが「藪屋勘兵衛」である。
『宝暦咄し』に「本屋は藪屋勘兵衛壱軒也」とあるが、これは著者・森壺仙の目に叶った本屋と言うことだろうか、それとも宝暦初期、柏屋登場以前の話であろうか。
 宣長の処女出版となった、『草庵集玉箒』(ソウアンシュウタマバハキ)も藪屋の刊行である。
 その時の経費に関する証文が残っている。

「借用申金子之事、合金拾三両貳歩也、但シ無利息、
右者、此度草庵集玉箒与申書物板行仕候ニ付、板木為彫代ト、借用申所実正也、右金子之儀、板行出来書物売弘メ次第当子ノ極月より来ル寅ノ極月迄ニ不残右之金子無相違返弁皆済可致候、万一右金子相滞申候はば、玉箒板行不残相渡シ少茂御損掛ケ申間敷候、為後日之仍一札如件、日野町薮屋勘兵衛(印)
 明和五年子七月
本居春庵殿
田丸屋十介殿
田丸屋正蔵殿」

 今の自費出版である。列記されるのは、春庵は宣長、十介は稲懸棟隆、正蔵は須賀直見である。藪屋はその後は『詞の玉緒』や『漢字三音考』には柏屋と名を連ねるが、積極的には宣長著作出版はしていない。
 藪屋の衰亡は早かった。やはり『宝暦咄し』「断絶之家」日野町に、「尾張屋太右衛門」と共に「藪屋勘兵衛」の名前も出ている。


> >『草庵集玉箒』
> >「稲懸棟隆」
> >「須賀直見」
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