midashi_o.gif 細井金吾(ホソイ・キンゴ)

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 宝暦4年(1754・一説に3年)〜寛政7年(1795)8月1日。享年41(一説に42)歳。
 名は三千代麻呂、号は涼風亭、東園。槍術、剣術の達人。儒学は亀井南冥門で甘棠館に所属した。国学は最初、小篠敏に学んだ。
『授業門人姓名録』寛政5年条に

「筑前福岡【家中】細井判事、藤三千麻呂【初称金吾】、【細井広沢ノ裔】」
とある。

 入門して間もなく没した細井であるが、既に入門以前から交渉はあった。あるいは面識もあった。『古事記伝』初版本巻5には、福岡にある「女嶋」と「両児嶋」という島の話の提供者として、「筑前ノ国人細井氏云」とその名前が明記される。

 だが、再版以後は、「筑前国のある人」と細井氏の名は消える。
 なぜだろう?


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