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細井平洲(1728〜1801)は、儒学者。尾張国知多郡平島村の豪農の家に生まれる。
儒学を学び、米沢藩主・上杉鷹山(ヨウザン)に仕え藩校創設に尽力、藩士はもちろん 農村にも講じた。その話を聞いた尾張藩から招かれ、ここでも藩校明倫堂や各所で講 義を行い藩政改革に貢献した。
『新修名古屋市史』には、「平洲の講話は村方秩序の危機に対応して、上への順応 を説くものではあったが、為政者の責任と、その許にあって絶対服従による安心至福 の道を説くその内容は、人々の心を強く打つものがあった。起宿本陣の加藤磯足は平 洲に入門して講釈を聞き、感激して平洲を招いて講釈の場を提供した。海東郡木田村では、土地の有力者大館高門らが中心になって平洲を招いている。平洲の教諭は、村役人や豪農商にとって村内における対立・矛盾を緩和し、乱れた風俗や秩序を再建するものとして歓迎されたのである」と記されている。
このように、宣長門人にも平洲の心酔者がいたことは注目されてよい。
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>「加藤磯足」
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>「大館高門」
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