midashi_b 宝暦13年

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 宝暦13年(1763)癸未。宣長34歳。妻勝23歳。母59歳。
 この年は宣長にとって重要な年でした。
 ○は宣長に関する項目。□は一族に関する項目。◆は町の様子など。

1月1日  御厨神社、八雲神社、山神社に初詣。新年挨拶。読書始に『古今集』序を読む。
1月2日 早朝、町奉行に年始。朝食後、屋敷町の年始。大年寄村田彦左衛門から触があり、町年寄善六に代わり本町荒木九兵衛(九右衛門)がその職を預かる。
1月9日 津から年始の挨拶、酒肴届く。
1月12日 嶺松院歌会。年始初会。
1月16日 年始開講、『源氏物語』講釈、「幻巻」の内より。
1月22日 『源氏物語』講釈、「幻巻」終わる。
1月25日 嶺松院歌会。
2月3日 巳の刻前、勝、津の実家で男児(春庭)出生。
 
>>「本居春庭」
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2月4日 津に使いを送り熨し餅を届ける。
2月6日 初午。
2月7日 村田元固三十三回忌。
2月8日 『弘安源氏論議』書写。
☆奥書「宝暦十三年癸未二月八日 舜庵本居宣長(花押)」。墨付27丁。
2月9日 七夜祝いのため村田親次を同伴し津の草深に行く。酒、鰹節、産着等を持参する。名前を健蔵と付け、酉の刻半帰る。
2月11日 嶺松院歌会。会頭を務める。
2月14日 母、参宮。姉おふさ(貞雲公)、妹おとは(於登波)同伴する。山田では御木曳きが行われる。
2月17日 『源氏物語』を校合する。母、参宮より帰る。
☆『源氏物語湖月抄』手沢本奥書「宝暦十三年癸未二月十七日一本校合終業 本居宣長(花押)」。
2月21日 朝、栄昌、おきん、津の岡氏女2名と西国巡礼に出る。帰着は5月21日。
2月25日 嶺松院歌会。
2月 『井蛙抄』5冊、『七部抄』7冊、『新題林集』16冊を購求する。
☆『宝暦二年以後購求謄写書籍』「未ノ二月、一、井蛙抄 五 五匁二分、同 一、七部抄 七 八匁三分、同 一、新題林集 十六 廿五匁」。
2月 小津次郎右衛門妻であった栄昌が魚町の帳面から本居家の帳面 の末に名前を移す。山田で御木曳きが行われた。真乗院第一世門主審誉和尚が隠居した。
☆栄昌はその後本居家で世話をするか。明和6年1月2日没したときには法樹院で葬儀が行われた。
3月6日 『源氏物語』講釈、「紅梅巻」が終わる。
3月11日 嶺松院歌会。
3月12日 村田清兵衛、妻、息子長五郎上京する。
3月13日 小津清右衛門、中村伊右衛門と景徳寺に参詣。阿坂山で宣長歌を詠む。
3月20日 音曲停止のお触れが出る。後日、将軍の次男が没したと聞く。
3月25日 嶺松院歌会。樹敬寺法樹院に滞在中の京都の歌人・澄月と歌を贈答する。謹慎が解かれる。
3月26日 小津道有、江戸より帰る。
3月 『耳底記』3冊、『難題百首』1冊を購求する。山室妙楽寺、久米村柳福寺で回向がある。小阿坂の景徳寺で入仏供養がある。
☆『宝暦二年以後購求謄写書籍』「同(未ノ)二月、一、耳底記 三 二匁五分/一、難題百首 一 一匁三分」。
「百首歌」後半57首を詠む。前半は宝暦9年春に詠む。完了は12月13日。
☆「同九年己卯春詠百首【夜虫以下同十三年癸未春詠之】」。宝暦13年12月13日条参照。
4月1日 おとは、古森善右衛門同伴で西国巡礼に出発。前回途中で中止したのでその後を廻る。京都から村田清兵衛も同行する。
☆おとはは母の妹。帰着は5月12日。
4月10日 夜丑の刻に地震。
4月11日 嶺松院歌会。
4月20日 稲懸十助道孝(棟隆の父)没。この頃宣長も追悼の歌を送る。
4月23日 勝、春庭を連れ帰宅する。
4月25日 嶺松院歌会。
4月 『黄葉集』6冊を購求する。
☆『宝暦二年以後購求謄写書籍』「四月 一、黄葉集 六 四匁五分」。
5月1日 春庭祝い。蒸し物を配る。津の草深には奈良晒を添えて遣わす。
5月3日 『霊元院御集 秋冬部』を書写する。
☆奥書「右霊元帝御集秋冬部謹書写終業時宝暦十三年癸未五月三日 舜庵本居宣長(花押)」(『大人百五十年祭記念』森田利吉写)
☆奥書「霊元帝御製集全部者前鈴屋翁自筆之写本ニ而秋冬之此一冊者文政十一年子年十一月七日後鈴屋翁死去之後同年十二月為遺物被贈吾方珍書也 永久可秘蔵 辻岡椎舎信道(花押)」。
5月5日 春庭、初節句。夜祝い客を招く。客、隠居家小津孫左衛門、村田与兵衛、七左衛門、手代、出入りの者等。
5月8日 隠居家小津英昌江戸に下向する。
5月9日 堀蘭澤、河原崎周庵、参宮の途中来訪す。
☆『日記』「(九日)京都堀正大夫、河原崎周庵同伴参宮、被立寄」。
5月11日 嶺松院歌会。
5月12日 堀蘭澤、河原崎周庵来訪一宿。おとは、古森善右衛門西国巡礼より帰る。
5月21日 栄昌、おきん等、西国巡礼から帰る。
5月25日 嶺松院歌会。松坂の旅宿新上屋にて始めて賀茂真淵に対面。
 
>>「松坂の一夜」
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5月26日 春庭(健蔵)百十日祝。浜田瑞雪没、享年87歳。
☆『日記』「廿六日、雨天 ○健蔵神参箸揃、【百十日者廿四日也、因為精進日今日祝】夕飯客、栄昌公、貞雲公、於金殿【不参】、於登波殿也 ○浜田瑞雪死 八十七歳」。客の、栄昌は小津定治唱阿の四女おりん、貞雲は母姉おふさ、於金は小津定治唱阿の五女きん、於登波は母妹おとはである。2月14日条参照。瑞雪は宣長の弓の師。
5月29日 利秀善尼一周忌取越法事。夕、『源氏物語』講釈、「竹川巻」終る。
☆『日記』「(略)今夕竹川巻講釈終」。
この頃 初瀬山奉納月輪院勧進に歌を詠む。
6月7日 『紫文要領』上下2巻の稿成る。
 
>>『紫文要領』
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6月11日 嶺松院歌会。
6月25日 嶺松院歌会。
6月 『宮川歌合』1冊、『みもすそ川歌合』1冊を購求する。
☆『宝暦二年以後購求謄写書籍』「六月、一、宮川歌合 一 八分、一、みもすそ川歌合 一 八分」。
6月 この頃、初めて「古体」の歌10首(春2・夏1・秋2・冬2・恋3)を詠む。
6月 賀茂真淵に書簡と『万葉集』の質問、また初めて詠んだ古風歌を送り、添削と入門の許諾を請う。
☆賀茂真淵差出12月16日付書簡「六月之芳書到来、如御示此度邂逅之接芝、致大慶候故云々」。
6月 隠居家小津英昌の江戸伝馬町木綿店、不仕合につき店仕舞する。
7月6日 嶺松院歌会。
7月8日 煤払い。
7月22日 勝、春庭、津に行く。
7月24日 宮崎俊(大口に嫁した妹)、来る。
7月25日 嶺松院歌会。
7月30日 知遊、瓦町にあった浜田瑞雪の庵に移り、10月28日まで住む。
8月10日 『源氏物語年だての図』起筆か。
8月11日 嶺松院歌会。
8月15日 来迎寺覚性院にて月見和歌会興行。
8月22日 夕、『源氏物語』講釈、「橋姫巻」終わる。
8月25日 嶺松院歌会。
9月1日 「百首歌」詠始める。勝、春庭津から帰る。
9月11日 嶺松院歌会。
9月18日 村田清兵衛剃髪、法名宗善。
9月24日 清九郎、江戸より帰る。
9月25日 嶺松院歌会。
9月 『夫木鈔』36冊を購求する。
☆『宝暦二年以後購求謄写書籍』「九月 一、夫木鈔 卅六冊 七拾二匁」。
10月4日 山田の祠官橋村正身、荒木田久老等6名が、松坂郊外の射和村富山家に所蔵される『元暦校本万葉集』を調査に行う。
 
>>『元暦校本万葉集』
>>「富松の歌」
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10月7日 年忌墓参。
10月上旬 新川井町で芝居が始まる。
10月11日 嶺松院歌会。
10月25日 嶺松院歌会。
10月28日 知遊、岸江村に移居。
10月29日 『源氏物語』講釈、「椎本巻」終わる。
10月30日 嶺松院会にて先住亮雄七回忌追善臨時和歌会。出詠、宣長、小津正啓、中津光多、稲懸棟隆、円義、邦教。
11月 『順徳院御百首』1冊を購求する。
☆『宝暦二年以後購求謄写書籍』「順徳院御百首 一」。同書では、11月11書写の『時代不同歌合』の前に記されている。
11月2日 山薬師境内で相撲興行。
11月11日 嶺松院歌会。『時代不同歌合』書写する。
☆『宝暦二年以後購求謄写書籍』「同(十一月)一、時代不同歌合 一 写」。『時代不同歌合』奥書「宝暦十三年癸未十一月十一日 本居宣長(花押)」。尚、本書がこの花押の初見である。
11月13日 新川井町の芝居が終わる。
11月14日 草深東仙、入来一宿。
11月17日 冬至。
11月25日 嶺松院歌会。
11月26日 『師兼千首』書写する。
☆奥書「右師兼卿千首本多有題而無歌者焉憾恨無量宜求全本再書写之巳 宝暦十三年十一月廿六日 舜庵本居宣長(花押)」。
11月27日 京都で天皇御即位が行われる。江戸から酒井雅楽頭上洛すると後日聞く。
11月28日 津、岡氏老母死去。岡藤左衛門眉山の母か。
11月29日 岡氏葬儀で母勝、津に行く。
12月3日 草深玄周、納采。
12月5日 煤払い。
12月9日 夕、『源氏物語』講釈、年内終業。「百首歌」詠み終わる。
12月11日 嶺松院歌会。新古歌合。
12月12日 草深玄周納采の祝いと寒中見舞いを兼ねて使いを出す。
12月13日 『実隆公百首、道堅尭空名所百首、後柏原院実隆公御百首、実隆公四文字題百首』を書写する。「百首歌」(宝暦9年春始め)後半57首詠終わる。
☆『隆公四文字題百首』奥書「宝暦十三年癸未十二月十三日夜写于燈下」。墨付49丁。
☆『鈴屋百首歌』第2冊「右百首未十二月十三日夜詠畢」。
12月16日 賀茂真淵、宣長宛書簡を執筆。入門の許諾を伝える。書簡は加筆した『万葉集問目』第1冊と村田伝蔵の書簡を添えて送られる。真淵より入門手続きを任された村田伝蔵も、真淵書簡に添える宣長宛書簡執筆。
 
>>「真淵への入門」
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12月28日 同月16日付賀茂真淵の入門許諾書簡到着する。
☆『日記』「(廿八日)去五月、江戸岡部衛士賀茂県居真淵当所一宿之節、始対面、其後状通入門、今日有許諾之返事」。
同月 『長明道之記』1冊、『頼政家集』1冊、『常徳院義尚集』1冊を購求する。
☆『宝暦二年以後購求謄写書籍』「十二月 一、長明道之記 一 一匁/同 一、頼政家集 一 一匁/一、常徳院義尚集 一 一匁」。
同年 『源氏物語年紀考』、『手枕』、『石上私淑言』巻1、2、3の稿(未定稿)成るか。
 
>>『源氏物語年紀考』
>>『手枕』
>>『石上私淑言』
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同年詠として『石上稿』に191首載せる。他に百首歌を一度、百首歌の末57首、源氏巻名21首、総計369首を詠む(『石上稿』)。同集に載る「源氏物語巻名かくし題」の末に「以上廿二帖歌数廿一首此次来年可詠之」とあるが果 たさず終わったようである。
同年 稲懸常松(8歳、後の大平)、徳力明通を師とし手習いを始める。
☆『藤垣内翁略年譜』
この年の米価は25、26俵。銭4貫文余。



(C) 本居宣長記念館


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