らんさんと和歌子さんの会話
ら ん |
紀州藩主への宣長さんの講釈の評判はどうだったのでしょう。 |
和歌子 |
梶間吾平という城内で世話をしてくれた役人が語った所によると、御前(藩主)の御機嫌はよかった(つまり満足して居られた)そうです。
一緒に聴講した、藩の重臣たちも大変感心して、講釈の仕方、理路整然とした所、またメリハリの効いた点など大変上手く、若いときから講釈をしていると言うだけのことはあると、皆口を揃えて誉めて居られたということだ。またある人は、春庵(宣長)の人物を誉めて居られたとのことです。
これは寛政6年、和歌山での講釈の評判を服部中庸に報じたものです。日付もありませんが、閏11月19日頃と推定されています。『【復刻】本居宣長翁書簡集』(昭和45年4月4日・本居宣長自筆稿本刊行会)にも影印が出ていますが、全集では省略しています。自筆とするのに疑問が残ったのでしょう。 |
ら ん |
では誰の筆? |
和歌子 |
大平だと思います。 |
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【原文】
「又申上候、梶間氏と申衆、其後とくと様子承り候処、御前甚御機嫌能被為在候条、猶又聴衆之重キ役人衆、甚感シ玉ヒ、講尺ノ仕様、弁ノ分明成ル事、句切等甚宜敷、若キ時よりよくよく仕なれたる様子と相見エたりと、いつれも弥御称美のよし申事也とぞ。或人ノ曰ク人々春庵ノ人品ヲホメタリとも」
(C) 本居宣長記念館
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