宣長と真淵のたった一度の対面を「松坂の一夜」と呼ぶ。宣長の『日記』には、「廿五日、曇天 ○嶺松院会也 ○岡部衛士当所一宿【新上屋】、始対面」と僅か1行の記載しかないが、この一夜の持つ重要性は、近世国学の中でもっとも重要な事件であったと言うことが出来る。既に宣長自身『玉勝間』で詳しく回想するが、それを一般の人に、子供たちに感動的に伝えたのは、佐佐木信綱の文章である。 【参考文献】 「「松阪の一夜」私見」岩田隆『鈴屋学会報』第11号。 >>「宝暦13年」