midashi_b 教科書に載った「松坂の一夜」

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 国定教科書の国定読本は大正7年4月から第3期を迎える。この時実は教科書が2種作られた。旧読本を部分的に修正した「尋常小学読本」と、新しく編纂した「【尋常小学】国語読本」である。表紙の色から前者は「黒表紙」、後者は「白表紙」と呼ばれた。なぜ2種の教科書が並行して作られたのか、また一方は都市用で、もう一方は田園用だなどと言う説もあるがではどちらが都市用か、両説あり定まらない。実際によく普及したのは白表紙であった。

 さて、この白表紙巻11に載ったのが「松坂の一夜」である。原作は佐佐木信綱。当時白表紙の編纂をしていた高木市之助氏が、「この種の教材でおそらく一番よくできているのは、白表紙本では、巻11に載った「松坂の一夜」ではないかと思います。真淵・宣長師弟の美しい出会いを描いたこの教材を懐しく思い出す人たちも多いはずです」(『【尋常小学】国語読本』高木市之助述、深萱和男録・中公新書。P67)と証言する。
 但し、庵逧巌氏は「のち第三期および第四期国定国語教科書巻十一に載せられて、大正十二年から昭和十七年に及ぶ二十年間、全国の小学校六年の教室で読まれた」(「教育における出会いの問題−宣長と高尚の場合−」)と書いていて、大正7年説とは5年の開きがある。その当時の教科書で確認する必要がある。

 この教材の影響力は大きかった。今もこの話で宣長を知ったと回想する人は多い。国語教育で有名な芦田恵之助は全国でこの教材の模範授業を行った。その記録は『教壇叢書第2冊 松阪の一夜』(昭和9年12月15日・恵雨会)として出版されている。
 また、女学校でも教えられた。『新制新撰女子国語読本四年制用巻四』教科書に載る。初版は昭和12年6月20日、編者は佐佐木信綱である。附言の省略以外はリライトはされていないようだ。  やがて小学校が国民学校となってからもこの教材は「初等科修身四」に載せられ、全国の小学生に教え続けられた。

【関連資料】
 資料1 『尋常小学国語読本巻十一』大正14年9月14日文部省検査済
 資料2 『尋常小学国語読本巻十一』昭和4年11月12日文部省検査済
 資料3 『尋常小学国語読本巻十一』昭和10年8月22日文部省検査済
 資料4 『小学国語読本巻十一尋常科用』昭和14年2月13日文部省検査済
 資料5 『新制新撰女子国語読本四年制用巻四』昭和16年12月9日文部省検定済・昭和12年6月20日発行・昭和16年10月30日訂正三版発行・編者佐佐木信綱・発行所湯川弘文社。
 資料6 『初等科修身 四』昭和17年2月21日文部省検査済(『日本教科書大系・近代編・第三巻・修身』)。



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