松阪の木綿商の子として生まれた宣長だが、11歳で父と死別。23歳から5年半、京都で堀景山に儒学を、針灸の大家・堀元厚に医書を、高名な小児科医・武川幸順に医術を学ぶ。当時の医学は革新的実証医学である「古医方」と『素問・霊枢』を中心とする漢方医学の正統「後世方」(李朱医学)があったが、宣長の師は「後世方」である。28歳、帰郷し開業。72歳で没するまで町医者(主に内科・小児科)として働き、生計を立てた。
>>「本居宣長」 >>「小泉見庵」 >>「堀元厚」 >>「武川幸順」 >>「武川幸順の墓」 >>「武川幸順の授業料」 >>「武川幸哲夫婦の墓」