midashi_b 自分の作品を人に見せること 2

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「本居宣長書簡」(明和7年8月12日付谷川士清宛)に、
詠んだ歌や、また著作を見せることへの宣長の思いが語られている。
ここでは、『古事記伝』執筆を隠していたことへの弁明を見てみよう。

 驚いたなあ。私が『古事記』を解釈した本を一巻見られたとのこと、
この間お会いしたときに話されましたね。
これは、まだきちんとしたものではなく、
ただ一応考えてみて、思いつきのまま書いたもので、
ごく近しい一人二人にそっと見せたのですが、
どうやって士清さんはそれをごらんになったのですか。
どう考えても不思議だなあ。
『古事記』はもっとも古い本で、『日本書紀』のように文章を飾ることなく
我が国の「真実の道」がどのようなものであるのか、
この本の中に書かれているので、そんな大事な本を、
中途半端な研究で読み解けるはずがありません。
たとえ解けたと思っても、そう簡単に結論を出すものではないと思います。
「古典」というものは、底がないといって良いほど奥深いもので、
何度も考えていると、前に言ったことの誤りに気づくものだ。
『日本書紀』研究を見るとそのことがよくわかりますね
(意訳:一部省略)。
そのことを考えると、後世に恥をさらすようなもので、
神様の御心にも背くことなので、今回の『記伝』執筆は、
書いたあともまた読み直して、その上でやっと見ていただけるわけで、
そこに到らぬ内はどうしてお見せすることが出来ましょう。
すでに一部をごらんになったことも、本当は不本意なことです。
ましてや私から書いたものをお見せするなどとても出来ることではありませんが、
しかし熱心に言ってくださることのにお答えしないのも失礼なので、一冊お届けします。

決して出し惜しみをしているわけではないことをご理解下さい。

〔原文〕
「まことや、おのが『古事記』をとける物、一まき見給へるよし、
一日の御物語にうけ給はりき。これはいまだよくもとゝのへず、
たゞ一わたり考へこゝろみて、思ひうるまゝにまづかきつけおきしを、
よそならぬ一人二人に、ひそかに見せつるを
、いかにして見給ひつるにか、いといといぶかしくなん。
そもそもかの『記』は、ふるきが中のふるき書(フミ)にて、
『書紀』のやうにかざりおほき物ならず。
大よそわが御国の道のまことの有様は、かれになんそなはりにたれば、
末の代のおほろけのまなびにて、明らめしるべきわざにあらず。
たとひ明らめ知たりと思ふ共、たはやすく思ひ定むべきにあらず。
すべてふるき書は、そこひ〔底〕もなき物にて、
くりかへし思へば、思ふまにまにさきざきの誤を覚ゆるわざにし侍れば、
いともいともだいじになん侍る。
世々の名ゞたる人々の、『書紀』の神代の巻をとける説共を見るに、
とりどりにわれかしこしと思ひいへるも、みなからぶみにへつらひたる私事にて、
古への道の意(ココロ)にかなへるはひとつも見えず、誤れる事のみなるを思ふに付ては、
いとど後のかしこき人の見んことはづかしく、かつは神の御心もかしこければ、
かの注釈は、猶いく度(タビ)もいく度もかへさひ考へ定めて後こそ、人にも見せ奉るべけれ、
まだしき程にはいかでか物し侍らん。さきにかたはし見給ひしだに、心ならず思ひ給ふる物を、
まして全くはいかでかと、いとつゝましく思ひ給ふる物から、
此度も又いともねんごろに、見まほしうのたまはするを、
猶いなみ申さん はた いとかたじけなければ、
えしもつゝみはてず、又一巻見せ奉る。ゆめおしむと な おぼしそ。あなかしこ、
                            本居宣長
  八月の十二日
 谷川の君の御もとにまうす」


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(C) 本居宣長記念館


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