midashi_o.gif 香川太冲(カガワ・タイチュウ)

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 『在京日記』に「去二月十三日、一本堂修徳先生香川太冲没、七十三、同廿五日、葬嵯峨二尊院」(宣長全集・16-44・3月3日条の後)と書かれている。有名な医者の葬儀だから書いたのか、あるいは何か関心があったのだろうか。
 太冲は播磨の人。修庵と号す。伊藤東涯に儒学を学び、京における古医方の大家。「藤文輿が肥に帰るのを送る序」(「送藤文輿還肥序」)に、「此者、本邦の医人、往々、素霊陰陽旺相五行生剋の説を以て迂誕と為し、擯けて棄つ。甚しきは、五臓六腑、十二経路の目を廃するに至る。蓋し、後藤氏首めて之を倡へ香川氏之を継ぐ。而して其の論、千古に卓絶する。盛言なるにおいてをや。然れども言ふ所は率ね其の臆に出づれば、則ち未だ必ずしも謬誤無くんばあらず」とある。

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