寛保3年(1743)8月25日〜文化11年(1814)3月3日(一説2日)。享年72歳。筑前(福岡県)の町医者の家に生まれる。名は魯、通称主水、字は道載。大坂で永富独嘯庵に徂徠学を学ぶ。安永7年福岡藩主・黒田治之により抜擢され士籍に列し、累進して侍講となる。天明4年、東西の藩学が出来た時に西学・甘棠館(カントウカン)総裁となる。著書に『論語語由』など。門人細井金吾は宣長に入門する。 >>「甘棠館開校と金印」 >>「細井金吾」