midashi_g.gif 韓天寿宅跡

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 職人町。両替商・中川家、つまり韓天寿(カンテンジュ)の家は、現在のギャラリー森田付近にあった。岡寺山継松寺の土蔵の基礎は中川家のものであると伝える。
『松坂権輿雑集』に、

「中川清右衛門法名浄安、二代清右衛門法名浄故、三代清三郎法名浄宇、清水谷家の門弟にて歌道を好。
 よしとのみ思ひてなすは難波かたともにあしかる身とはしらすや
右歌、勅点被為下し由ニ語伝ふ。四代清三郎迄武府御為替を代々務。五代養子蔵之助、源蔵両人共、故有而不縁す。当時逼塞、親族中川長四郎相続す。書を能し、実名天寿と号ス」

とある。浄宇は『元暦校本万葉集』を所蔵した人である。さて、この後継者「天寿」が問題だった。


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> >『元暦校本万葉集』



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