midashi_b 甘棠館開校と金印

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 金印発見の前年天明3年(1791)6月2日、福岡藩から竹田定良と亀井南冥両名に学問所設置と藩士教育の藩命が下った。東が修猷館、西が甘棠館である。南冥の甘棠館は、12月18日上棟式、翌2月19日に落成開館式を行った。南冥42歳。民間出身の彼には最も晴れがましい時であった。その4日後に「金印」が発見された。発見者から甚兵衛、その兄喜兵衛、豪商才蔵、その友人南冥へと伝達され、南冥はすぐに『後漢書』に「建武中元二年、倭奴国、奉貢朝賀す。使い人は自ら大夫と称す。倭国の極南界也。光武賜るに印綬を以てす」と言う記述と一致すると考え、その保存に乗り出した。自ら『金印弁』を書き、また、『漢委奴国王印鑑定書』を全国の学者や知人に送った。

【参考文献】
「亀井南冥と金印」塩屋勝利・『金印研究論文集成』(新人物往来社)。
『松阪市史』文化財篇。



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