midashi_v.gif かたくりとかたかご

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  ある時、宣長は師の真淵に『万葉集』四一四三番歌に出る「堅香子」について問うた。この質問に対して師は、これは「かたご」とも言い、俗には「かたくり」というと図まで添えて丁寧に答えた。ところがどういう訳か宣長は納得できなかったようである。

 安永元年十月二十一日、宣長は谷川士清に「南部の産物かたくり」について問うた。士清は十一月二十一日付で更に丁寧に答えた。博覧強記というか医者としての面目躍如と言った回答(記念館蔵・書簡集内)である。宣長の礼状、谷川士清宛安永二年二月五日付書簡に
「かたくりの事、くはしく御示し被下、忝奉存候、本名かたこノよし、それに付て或人、此かたくりてふ物、万葉歌ニかたかこの花といふ物見えたり、それをしか申セるにや、俗人の言なれハ、いかゝあらん、もしかたかこの花にあたるよしもあるましき物にもあらず、御考いかが、承りまほし」
とある。「俗人」とは或いは真淵?本草家ではないと言うことであろう。これをしつこいと見るのでは正しくないだろう。

 「学問というものは広大なものであり、これに比べれば自分は愚か、師の存在も言うに足りないという考えが透けて見えてくる。」
                 (『本居宣長』小林秀雄・12章 )


>>「谷川士清」



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