midashi_o.gif 加藤吉彦カトウ・エヒコ)

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 宣長門人加藤吉彦は能登国鳳至郡能登町宇出津の人である。酒垂神社第12代宮司を務めた。生年は宝暦12年(1762)、没年不詳。姓源。通称上野介。号鰕子、あふち。
 天明4年(1784)3月16日伊勢の御師から聞いた宣長学に憧れ、寛政9年2月(1797)、荒木田久老奥書の『菅笠日記』を御師山口久貞より借覧し書写、5月8日参宮と松坂訪問のため出立、6月2日に土産「くしこ」を持ち鈴屋来訪、入門する。7月17日まで滞在。『千尋の浜草』はその時の紀行。道中、また松坂での事が詳しく記される。
 その後も寛政11年春、文化元年6月にも松坂を訪問し研鑽した。『授業門人姓名録』追加本には一重圏点が付く。松坂での数多くの写本の他、天保6年に成った源氏注釈書『月の後見』55巻がある。

 吉彦が師の没後も霊牌をお祀りしていたことなど、
吉彦、また奉仕していた酒垂(サカタル)神社については
「石川県神社庁」HP「酒垂神社」を参照していただきたい。


【参考文献】
深川明子「本居宣長の門人加藤吉彦について」『密田教授退官記念論集』
深川明子「〈翻刻と解題〉「千尋の浜草」−本居宣長の門人加藤吉彦の入門旅日記−」『語学文学研究』5。


>>「御師」
>>『菅笠日記』



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