midashi_b 帰郷後の宣長

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宝暦7年(1757) 28歳
spacer 10月6日  夕方、松坂帰着。帰宅後間もなく医者開業する。
  12月  江戸湯島で田村元雄、平賀源内物産会を開催。
 
この頃、刊行間もない『冠辞考』を借覧する。
この頃、『排蘆小船』執筆か。
 
宝暦8年(1758) 29歳
  1月20日 『古今選』編集に着手。
  2月11日 嶺松院会に参加。この日が初参加か。
  5月3日 『安波礼弁』起筆、『紫文訳解』もこの頃か。
  5月16日 京都の友人・津戸順達宛書簡執筆。京都の医家との養子の件。27日上京するが不調に終わる。。
 
夏、『源氏物語』開講。
 
宝暦9年(1759) 30歳
  3月4日 『伊勢物語』開講する。
  6月1日 『伊勢物語』書写する。
 
宝暦10年(1760) 31歳
  9月 将軍10代・家治となる。
  9月12日 村田美可と結婚する。
  10月9日 『百人一首改観抄』開講。
  11月 賀茂真淵、田安家を致仕、隠居する。代表作の多くがこれ以後に執筆される。
  12月18日 離縁。
 
宝暦11年(1761) 32歳
  2月14日 妹はん剃髪する。法名智遊(知遊)。
  3月 『阿毎菟知弁』の稿成る。
  5月24日 『万葉集』開講。
  5月 『字音仮字用格宝暦十一年稿』成る。
  7月 草深玄弘女たみとの縁談話起こる。
  8月21日 外祖母・村田元寿尼没す。享年85歳。
 
宝暦12年(1762) 33歳
  1月17日 草深たみと結婚する。
  2月 自選家集『石上集』上巻編む。「石上」号の初見。
  7月27日 『後桜町天皇、践祚。
 
海の向こうでは、ルソーが『エミール』執筆。
 
宝暦13年(1763) 34歳
  2月3日 勝、津の実家で男児出生。後の春庭。
  3月25日 嶺松院会。樹敬寺法樹院に滞在中の京都の歌人澄月と歌を贈答する。
  5月25日 嶺松院会。松坂の旅宿新上屋にて始めて賀茂真淵に対面 (松坂の一夜)。
  6月7日 『紫文要領』上下2巻執筆。
  6月 初めて「古体」の歌10首を詠む。賀茂真淵に書簡と『万葉集』の質問、また初めて詠んだ古風歌を送り、添削と入門の許諾を請う。
  6月 宣長家の資産を運用していた隠居家が事実上倒産する。
  12月16日 賀茂真淵、宣長宛書簡を執筆。入門の許諾を伝える。また、加筆した『万葉集問目』第1冊目と村田伝蔵の書簡が添えられた。
  12月28日 賀茂真淵の入門許諾書簡到着する。
 
この年、稲懸常松(8歳 後の大平)、徳力明通を師とし手習いを始める。
 
明和元年(1764) 34歳
  1月12日 手沢本『古事記』(寛永版本)、度会延佳本を以て校合。
  1月18日 『日本書紀』「神代巻」開講。
  1月21日 遍照寺歌会始まる。
  1月 賀茂真淵に誓詞を呈し正式入門。

 

『伊勢物語』巻頭

『伊勢物語』巻頭
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『伊勢物語』奥書

『伊勢物語』奥書


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