midashi_o.gif 北村季吟(キタムラ・キギン)

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 寛永元年(1624)〜宝永2年(1705)。江戸前期の歌学者、俳人。名は静厚(シズアツ)。通称は久助。号は蘆庵(呂庵)、七松子、また拾穂軒(シュウスイケン)、湖月亭。山城国粟田口の生れ。祖父宗竜・父宗円の影響で早くから連歌に親しむ。16歳で貞室、22歳で貞徳に入門。『山之井』を刊行。また貞徳没後は、飛鳥井雅章、清水谷実業に和歌を習う。その後、独立し、『新続犬筑波集』、俳論『埋木』などを刊行し俳壇で不動の地位を築いた。また、歌学者として古典の注釈書『大和物語抄』、『土佐日記抄』、『伊勢物語拾穂抄』、『徒然草文段抄』、『源氏物語湖月抄』、『枕草子春曙抄』などを刊行した。この一連の事業で、庶民も日本の古典を読めるようになった意義は大きい。

 宣長が使用したテキストも季吟の手になる物が非常に多い。
 その後、新玉津島神社の神主となる。この時期の門人が芭蕉である。元禄2年(1689)、子の湖春と幕府の歌学方となり、法印に叙せられた。
 松坂に村田家を始め門人が多く、滞在し講釈も行った。また嶺松院歌会を始めた小津長正は清水谷実業門人である。


>>「宣長の使った古典のテキスト」
>>「新玉津島神社」



(C) 本居宣長記念館


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