midashi_g.gif 木枯(コガラシ)の森の宣長歌碑

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 木枯の森(静岡市羽島大字森下、藁科川川中島)は歌枕。河の中州にあり橋はなく、渇水期でないと渡ることが出来ない。
 この森は、現在、静岡県指定名勝(昭和29年1月30日指定)。静岡県・静岡市両教育委員会による解説板(昭和63年3月31日)には次のように書かれている。

「藁科川の川中島であるこの森は、丸子から牧ケ谷に抜ける歓昌院坂を経て駿府に通じる古道のかたわらにある。古くから歌枕としてその名を知られていた。平安時代の文人清少納言が枕草子の中で「森は・・こがらしの森」としるすなど、東国の美しい風景として数多くの歌によまれたのである。
 森の頂上には八幡神社が祭られ、神社の横には江戸時代の国学者本居宣長の撰文による「木枯森碑」や駿府の儒医であった花野井有年の歌碑が建てられている。」

 碑文は、
「駿河国安倍郡木枯森八幡社前碑詞、木枯森者、駿河国爾在事者、古今六帖之歌以斯良延、安倍郡爾在事母、風土記爾所見、宇都母那志、抑此森者、彼六帖在乎始登為而、後撰集在歎伎之歌、又定家乃卿之、下露乃言之葉何登、自古、於世名高久所聞弖、今母佐陀迦爾、服部乃邑云邑之地爾在而、伊登神佐備在処爾奈母有祁琉、伊都伎祭神者斯母、掛麻久母可畏、広幡之八旗大神、然婆加里奈流名所爾斯、鎮伊坐者、此母甚比佐々那流社爾許曽波伊麻曽加流良米、此社、近伎年来、由々斯久荒坐斯乎、邑長那流、石上長隣伊、勤志美有人爾弖、可畏久歎愁而、心乎起志、力乎致志弖、又美麗玖修造奉礼流、神伊都伎能淤牟加志佐波、更爾母不言、古偲雅情乎母、世乃人能心将有、聞喜備見喜而、森之木葉乃、年乃葉爾繁栄而、無絶世如事、万代麻伝爾、不偲米夜不仰米夜、如此言者、天明乃七年云年之五月乃月立、伊勢人本居宣長」 今は『鈴屋集』より採った。

 この文章作成経過を書簡で追ってみる。
 村長石上某がこの歌枕に碑を建てようと考え駿河国(静岡県)の野沢昌樹に相談した。野沢は甲州(山梨県)の人・萩原元克(宣長門人)が松坂の宣長に所に行くというので、取り次ぎを依頼した。聞いたら野沢はやはり宣長門人の栗田土満と懇意だそうだ(以上、天明7年5月8日付栗田土満宛宣長書簡)。
 宣長は文章を書いて栗田に送り、野沢に転達してもらった。
 野沢は宣長に礼状と謝礼として金200疋を送った。その礼状を書いたのでまた野沢に転達してほしい(以上、天明7年11月12日付栗田土満宛宣長書簡)。

木枯森山頂八幡神社

木枯森山頂八幡神社。
向かって左奥の小さな碑が宣長の「木枯森碑」。
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木枯森碑

「木枯森碑」


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