南蛮渡来の砂糖菓子。織田信長に献上されたのが日本における初見。
この珍しい御菓子が、宣長の『音信到来帳』には、「こんへいとう」として、7回も出てくる。
寛政8年3月28日、こんへいとう 一包 江戸人
同10年正月29日、こんへいとう 一曲 早川清大夫
同11年6月18日、こんへいとう 一包 藝州人認礼
同12年3月8日、こんへいとう 一箱 若山東九郎
同年3月28日、 こんへいとう 一箱 早川清大夫
同年6月朔日、こんへいとう 一箱 橋本伝兵衛
同年11月18日、こんへいとう 一包 もりた喜兵衛
ところで、なぜ「こんへいとう」なのか。
珍しい、携帯に便利と言うこと、それからどうやら宣長先生は甘党だったなど諸条件が重なったのだろう。
たとえば、早川文明(清大夫・尾張清洲の門人)が二度持ってきているのは、きっと一回目に喜んでもらえたからだろう。
この南蛮渡来の不思議な甘い粒の菓子を、
国学者本居宣長はどんな顔をして食べたのか、
想像するだけでも楽しいですね。
コンペイトウについては、中京大学の中田友一先生に、
『おーい、コンペートー』(あかね書房・1990年3月・本体価格951円)
と言う素晴らしい本があります。また中田先生の「金平糖を守る会」会誌は、
金平糖に関する国内はもとより、世界中の情報を満載しています。
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