midashi_o.gif 光格天皇

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 明和8年(1771)8月15日〜天保11年(1840)11月19日。御年70歳。
 資性円満、質素を尊び修飾を好まず仁愛を旨とした。また旧儀の復興に意をとどめ、石清水社、賀茂社の臨時祭の再興もこの天皇の在任の間のことである。また、実父典仁親王に太上天皇の尊号を宣下しようとしたが、幕府の反対にあい断念した。

 ご遷幸された新造御所は、老中・松平定信により古式に則り再興されたものである。

 「光格天皇は、さまざまな朝儀、神事の再興・復古をとおして朝権(朝廷の権威、権力)回復と神聖(性)強化に尽力し、神武天皇以来の皇統という意識、日本国の君主であると言う意識を強く持った天皇であった」 とも評される(『幕末の天皇』藤田覚、講談社選書メチエ)。

 このように、古代への思いを抱いた天皇が、『古事記伝』初帙をご覧になられたのだ。
 寛政2年12月26日付横井千秋宛書簡によれば、この天覧は、最初、横井千秋より妙法院の宮の御覧に入れたところから始まった。内容に感心した宮が、実弟である天皇に上げて下さったのだという。
 名誉なことであった。時代はゆっくりと幕末に向かって進んでいく。



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