midashi_v.gif 「こうさく、くわいどく、聞書」

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 『玉勝間』巻8に「こうさく、くわいどく、聞書」という段があります。「講釈、会読、聞書」という意味ですが、講釈は先生の話を聞く勉強法。今の講義。会読は今のゼミナール。そして聞書はノートです。
 勉強を教える、また教わる時のこれらの方法の長短をあげたものです。京都では5年景山塾、武川幸順塾でみっちり学び、松坂では先生として40年近く教えてきた経験で語られたことばだけに、200年後の今もちっとも古びていません。全文を四つに分けて引いてみます。

,「いづれの道のまなびにも、講釈とて、古き書のこゝろをとききかするを、きくことつね也、中昔には、これを談義となんいひけるを、今はだんぎとは、法師のおろかなるもの共あつめて、佛の道をいひきかするをのみいひて、こうさくといふは、さまことなり、さて此こうさくといふわざは、師のいふことのみたのみて、己が心もて、考ふることなければ、物まなびのために、やくなしとて、今やうの儒者(ズサ)などは、よろしからぬ わざとして、會讀といふことをぞすなる」
【説明】
 どんな学問でも「講釈」というのは、本を説明するのが普通だ。昔は「談義」と言った。ところが、講釈は先生の言うことを聞くだけで、自分で考えないからだめだと、今の儒学者は「会読」を盛んにする。

,「そはこうさくとはやうかはりて、おのおのみづからかむかへて、思ひえたるさまをも、いひこゝろみ、心得がたきふしは聞えたれど、それさしもえあらず、よの中に此わざするを見るに、大かたはじめのほどこそ、こゝかしこかへさひ、あげつらひなどさるべきさまに見ゆれ、度かさなれば、おのづからおこたりつゝ、一ひらにても、多くよみもてゆかむとするほどに、いかにぞやおぼゆるふしぶしをも、おほくなほざりに過すならひにて、おほかたひとりゐてよむにも、かはることなければ、殊に集ひたるかひもなき中に、うひまなびのともがらなどは、いさゝかもみづから考へうるちからはなきに、これもかれも聞えぬことがちなるを、ことごとにとひ出むことつゝましくて、聞えぬながらに、さてすぐしやるめれば、さるともがらなどのためには、猶講釋ぞまさりては有ける」
【説明】
 「会読」は「講釈」と違い、参加者各人が自分で考えて、発表し、分からないことを論議するというのが本来だが、回数が重なると、だんだん熱意が無くなり、ページを多く読もうとするので、疑問点もないがしろになる。だから一人で読んでいるのとかわらない。また参加者の中で力が均質でないと、こんなことを聞いては恥ずかしい、邪魔になると聞かないで過ぎてしまうので。初心者には「講釈」のほうがよい。

,「されどこうさくも、たゞ師のいふことをのみ頼みて、己レちからいれむとも思はず、聞クことをのみむねとせむは、いふかひなくくちおしきわざ也、まず下見(シタミ)といふことをよくして、はじめより、力のかぎりは、みづからとかく思ひめぐらし、きこえがたきところどころは、殊に心をいれて、かへさひよみおけば、きく時に、心のとまる故に、さとることも、こよなくして、わすれぬもの也、さて聞て、家にかへりたらむにも、やがてかへり見といふことをして、きゝたりしおもむきを、思ひ出て味ふべし」
【説明】
 「講釈」は聞くだけではだめだ。予習(下見)、そして復習(かへり見)がいる。

,「また聞書といひて、きくきくその趣をかきしるすわざ有リ、そは中にわすれもしぬ べきふしなどを、をりをりはいさゝかづゝしるしおかむは、さも有べきわざなるを、はじめより師のいふまゝに、一言ももらさじと、筆はなたず、ことごとにかきつゞくるかし、そもそもこうさくは、よく心をしずめて、ことのこゝろを、こまやかにきゝうべきわざなるに、此きゝがきすとては、きくかたよりも、おくれじとかく方に、心はいそがれて、あわたゝしきに、殊によくきくべきふしも、かいまぎれて、きゝもらい、あるはあらぬすぢに、きゝひがめもするぞかし、然るにこれをしも、いみしきわざに思ひて、いかでわれこまかにしるしとらむと、たゞこれのみ心をいれて、つとむるほどに、もはら聞書のためのこうさくになるたぐひもおほかるは、いといとあぢきなきならひになん有ける、
【説明】
 ノート(聞書)は、忘れそうなことを書くのはいいが、最初から先生の言うことを全部書く者がいる。「講釈」はまず先生の言うことをよく聞くことが大事なのに、「聞書」のための「講釈」になっているのはよくないことである。

 宣長の松坂での方法は、講釈が中心で、会読はあまりありません。それも須賀直見のような力のある門人が中心となり進められたようです。宣長の主催した『万葉集』の会読は途中から講釈に変更されました。その時の体験が「こうさく、くわいどく、聞書」にも反映されているのでしょう。


>> 「宣長の使った古典のテキスト」の『万葉集』
>> 「須賀直見」



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