midashi_b 前田侯の誘い

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 寛政4年(1792)11月29日差出、小西春村宛書簡に、

「一、我等事も、加賀殿より可被召抱之由に而、京大坂方々に而(傍書「我等事も」)聞合有之候様子に御座候、此方へも(傍書「右之義」)両三所より内々聞合有之候、禄も乍内々弐三百石は賜り可申様子に相聞え申候、惣体仕宦之事は、兼々好不申義に候故、以其心此方望事色々申遣し候得は、いかゝ可有之哉、未慥成義に而は無之候得共、先以身分に取り、大慶成事に御座候」
とある。

 200石か300石で宣長を召し抱えようと色々聞き合わせをしているらしいが、仕官などしたくないので色々条件を付けてやったけどどうなったかなあ、ということが書かれている。
 そのことと関連するのであろう、加賀の藩校の図も宣長の蔵書中にはあった。 『借書簿』寛政7年条に、
「九月朔日 一、加州学校図 同人(引用者注「小篠敏」)」
とある。



>>「紀州家への仕官」
>>「書簡」



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