自分で名医とは言わぬが、腕を見損なってもらうと困る。京都では武川幸順の下で修行をしてきた。本を読んで見よう見まねで始めた医者ではないぞ。患者の中には奉行だっているんだぞ。
これは『済世録』安永9年(1780・宣長51歳)7月条だ。(『済世録』第3冊)
最初に「子盆後、七月」とある。このころは盆と暮れに集計をしたのだ。ほら「○小野藤右衛門殿」とあるじゃろう。あたまの○は初診だ。ちゃんと「殿」を付けておる。この方は恐れ多くも、御両役奉行兼船奉行だ。安永5年9月29日着任、天明3年7月1日離任された(『日記』)。
奉行が効かぬ薬を飲むと思うかい。
『済世録』安永9年(1780)7月条
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