midashi_o.gif 耳が遠い

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 60歳も半ばを過ぎた頃から、宣長の耳は遠くなったようです。康定と対面した時には、見当はずれのことを答えると失礼だと、小篠敏が殿と宣長の間で大声で取り次ぎをすると宣長は耳に手を当てて少し傾き加減で話を聞いていて、康定は自分の問いがちゃんと伝わっているのかと不安になったと書かれています。
 「歳は六十あまり六とか聞しを、程よりはすくよかに見ゆれど、耳なんほのほのしければ、すぢなきいらへせんも心くるしとや、御野はかのをさめきて側にひゞらぎ居て伝ふることにいと大声に物すれば耳に手をおほひ、少しかたぶきつゝ聞うるほどいと心もとなし」

  また大平の『故翁略伝』にも、
 「すべて齢の末まで物かく手つき書よむこわつかひをはじめ立居のさまも世の老人のさまにはあらで、わかく物きよげにいつこひとつおいおとろへ給へりとも見えずて、耳のみなん年月にそへてたどたどしかりけるしも、よはひ長かるべきしるしとみな人たのもしく思ひわたりけるを」

とあります。
 亡くなるまで、著作活動や講釈にも一向衰えが見えなく、若々しかったけど耳だけは遠かった。でも周りの人は耳が遠いのは長寿の印だとかえって安心していたと述べています。


>>「本居大平」



(C) 本居宣長記念館


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