もののあわれ

 歴史的仮名遣いでは「もののあはれ」と書く。
「もののあわれ」とは、『石上私淑言』で宣長は、歌における「あはれ」の用例をあげながら、「見る物聞く事なすわざにふれて情(ココロ)の深く感ずる事」を「あはれ」と言うのだと述べている。つまり、揺れ動く人の心を、物のあわれを知ると言うのだ。歌や物語もこの心の動きがもとになる。たとえば、宣長が高く評価した『源氏物語』も、「この物語、物の哀れを知るより外なし」と言っている。文学はそのような人間の本性に根ざしたものであり、そこに存在価値があるとした。
 これは、宣長が、和歌や『源氏物語』から見つけた平安時代の文学、また貴族の生活の底流を流れる美意識である。
 この「もののあわれ」と言う文学的概念の発見は、宣長に和歌の発生からその美的世界までの全局面を把握し説明することを可能にした。『安波礼弁』で、「歌道ハアハレノ一言ヨリ外ニ余義ナシ」と言い、歌の発生はここにあるとする。「もののあわれを知る心」という、人が事にふれて感動し、事の趣を深く感受する心の働きから歌が生まれること、そしてその感動を言葉にしてほかの人へも伝えたいという伝達の欲求から「よき歌」への関心もまた生じる事が説かれた。


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> >『石上私淑言』
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