本居有郷(アリサト)

 文化元年(1804)〜嘉永5年(1853)12月26日。享年49歳。松坂本居家三代当主。幼名健蔵、通称源之助。春庭の長男。成人を待てない父は後継者としては選ばず、19歳で長谷川源右衛門、その後、本町の小津清左衛門の養子に出すが何れも離縁となり、結局、春庭没後の文政11年11月に小津久足を後見人とし家系を相続、五人扶持となる。学業においては、『詞の通路』の板下を執筆、春庭門下の歌集『門の落葉』後篇の編集を殿村常久に託しその序を書く。また小林文康『ますみの鏡』に序を寄せる。自詠は『有郷詠草』九冊(本居宣長記念館蔵)として文政12年から天保11年迄の一部が残る。著書に紀行『密岳日記』がある。後妻の国は四日市諏訪神社神官生川氏女。夫婦三絃等の趣味を共にするが、嗣無く、没後妻は実家に帰る。戒名「有学院厚言道郷居士」。墓は樹敬寺にある。



(C) 本居宣長記念館


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