midashi_v.gif 『直霊』の諸本

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 「大御国は、かけまくも畏き神祖天照大御神の御あれませる大御国にて、大御神大御手に天津璽を棒持(ササゲモタ)して、万千秋の長秋に、吾御子のしろしめさむ国なりと、ことよさして賜へりしまにまに、天雲のむかぶすかぎり、谷蟆(タニグク)のさわたるきはみ、皇御孫命の大御食国とさだまりて・・」
 宣長の古道観を集約的に書いた『直霊』(ナオビノミタマ)の冒頭である。
『古事記伝』巻1にも載り、単行本でも出版された。その成立過程は次のようになる。

第1稿「道テフ物ノ論」(『古事記雑考 二』)明和4年までに成立)
第2稿「道云事之論」(『古事記伝 一』自筆再稿本)
第3稿『直霊』(奥書「明和八年十月十九日」)
最終稿『直毘霊』(『古事記伝 一』刊本・奥書「明和八年十月十九日」)

 また本文(約1700文字)に注を添える形式は第2稿以降採られた。
 用字は、第1稿は漢字片仮名。第2稿では本文は万葉仮名、注は漢字片仮名。第3稿、最終稿は本文、注とも漢字平仮名である。
 市川鶴鳴の『まがのひれ』は、第2稿への批判であり、宣長が安永3年10月16日から11月30日にかけて13回にわたり講釈したのは『直霊』である。『日記』には「十六日 自今夕直霊(ナホビノミタマ)講尺、以二六十之夜為定日」とある。
 また記念館の収蔵品には軸装された『直霊』がある。これは本文のみで注は付かない。また本文は別筆で、訂正が宣長筆とされている。実は、この訂正とは、『直霊』から『直毘霊』への改訂である。


「直霊」

『直霊』【国・重要文化財】



(C) 本居宣長記念館


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