夏目甕麿(ナツメ・ミカマロ)

 安永2年(1773)5月5日〜文政5年(1822)5月5日。遠江浜名郡白須賀の名主で酒造業を営む家に生まれた。名は英積。通称、小八、嘉右衛門。号、萩園など。寛政2年(1790)名主職を継ぎ、同9年、内山真龍に、同10年、本居宣長に、また享和元年には本居春庭に入門する。文化11年(1814)隠居。文政元年、『鈴屋大人都日記』などの出版費用を負担。同2,3年近畿の山陵研究をするが、同5年伊丹の昆陽池で水死。船から月を取ろうとしたのだという。墓は三河吉田普門寺、摂津伊丹正覚院。子供が加納諸平。交友のあった人で異色は司馬江漢。弟子は八木美穂など。



(C) 本居宣長記念館


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