どうして普段しなかった趺坐のスタイルでこの像を描いたのだろう。
以前、ローレンス・マルソー氏は記念館での講演で、このスタイルの類似する先行事例として、挿絵の建部綾足像を挙げられたが、実はこの鏡を左前方に置いた形で描き、趺坐し両手を袖に隠すという形式は、例えば杉山杉風描く芭蕉像など、近世肖像画では間々見られる。だから、モデルとなる絵があったことは充分考えられる。
だがそれ以上に、点景を廃した時の画像の安定感からこのスタイルを選択したと考えた方がよいと思う。その選択は正しく、堂々たる自信に満ちた宣長像が完成したのである。
>>「本居宣長四十四歳自画自賛像」