midashi_g.gif 新玉津嶋神社(ニイタマツシマジンジャ・京都市下京区玉津島町)

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 堀景山の住居から約5分室町通りを南下し、松原通りを烏丸通側、つまり東側に折れてすぐにある。今は小祠だが、この社は藤原定家の父俊成が自邸内に祀ったという由緒があり、元禄年間には国文学者北村季吟が祠官を勤めた。若き日の松尾芭蕉が、藩主の用向きでここを訪れ、季吟の弟子になったと言うエピソードも伝えられる。
石柱「北村季吟先生遺蹟、昭和三十一年十一月建之、新村出書、某」。

 宣長は宝暦2年9月22日、『史記』会の後、和歌を習うため、新玉津嶋社を訪い社司森河章尹に入門する。但し、本人不在で子息に会う。帰路、対面する。
 森河章尹は、寛文10年6月18日生。若い時から新玉津嶋社司であった北村季吟に学び、同社に奉仕、元文5年11月24日正六位下に叙せられ、寛延元年12月26日対嶋守に任じ、宝暦12年10月22日(筑摩版全集補注では6月18日)卒。享年93歳。(『文学遺跡巡礼・国学篇第二輯』・P186頁)。

新玉津嶋神社

「新玉津嶋神社」


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